父入院 その3「おくるみに包まれた父」

 そこから朝まで眠れなかった。父を病院になんとしても連れていかないといけない。口実は、わたしの足の具合が悪いので付き添いをお願いしたい、荷物番をしてほしい、というもの。

 自分のための病院は絶対に行かないけれど、わたしが困っていると聞けば、父は必ずわたしを助けようとすると思った。とはいっても、ひとつ言い方を間違えるとどう転ぶか分からない。機嫌を損ねないために早く起こしすぎてもダメ、ぎりぎりでもダメ。どう言って起こそうか、どう言って朝ごはんを食べてもらうか、どう言って車に乗ってもらうか。この一週間悩みぬいたことをこの期に及んでも反芻するばかりだった。

 7時半に父を起こしに部屋に入った。きのうヘルパーさんに、父の部屋のエアコンを入れてあげてほしいとお願いしていた。つきっぱなしでいいので、とにかく部屋を暖かくしてほしいと。ところが、父の部屋のエアコンは切られていた。父はエアコンもリモコンも、電話では分からなかったのに、ヘルパーさんがつけてくれたエアコンを寝る前に律儀に消したのだ。それなのになぜか照明はこうこうとついたままだった。そんなことは今までなかった。たいがいの電気製品は、折々に切るくせがついていた。なんで今日に限って(それともここ最近ずっと?)あかりは点きっぱなしだったのか。暗いのが怖かったのだろうか。

 明るい照明の下で父は、ぺらっぺらの夏布団とフリース生地の小さいケットを体に巻き付けるようにして、小さく丸まって寝ていた。首にはマフラーを二本ぐるぐるに巻いて寒さをしのいでいるのだった。

 衝撃的だった。からのトイレットペーパーを見た時と同じくらいの衝撃だった。赤ん坊がおくるみに包まれているような、そんな風情だった。夏の間、寒い寒いといって暑い布団をかけて寝ていた父が、こんなに寒い季節になったのに、なぜわざわざ夏用の掛け布団で寝ていたのだろう。わたしにあたたかい冬布団を譲ろうとしたのだろうか?以前は客間の布団の中で一番いいのをひっぱり出して使っていたのに。父はわたしが帰ってくることを14日の電話で記憶したとは思えない。メモも出来なかったのだから。なのに、なんでこんなに父はいろんなサインを送るのだろう。わたしがナーバスになってるだけなのだろうか。

 わたしがいくら声をかけても、父は目を覚まさなかった。からだを小さく丸めて眠っている。そろそろ起きてもらわないといけない。だんだんに焦ってくる。しかしそれとは反対に、いたいけな父のそんな姿を見てると、ずっと寝かせておいてあげたいと思う。まつげに大きなフケのかたまりがあった。そっと取ったら、やっと父が目を覚ました。赤ちゃんの顔だった。