帰省2日目 イライラしたら託す

 朝、父は歯がないまま朝食のテーブルについた。痛み止めが効いているのか、腰の痛みは訴えない。しかし、歯がないのは相変わらずイライラのタネだ。飲み込みやすいものをと、いつものメニューに少々の工夫(お味噌汁の具をみじん切りにするとか、トマトの櫛切りを小さ目にするとか)をして出してみた。いくらかはお腹に入ったので大丈夫だろう。足りない分は、わたしが持って来た自家製の干し柿を食べてもらった。あんぽ柿の様に、ぽってりとした柿でよかった。

 父の口からは今日も、「こんなことは今までになかった」「考えられない」「なくなるわけがない」「誰かが盗んだ」という入れ歯ショックの繰り言だ。そのたびに「大丈夫!絶対わたしが今日、見つけるから!」と力強く答える。嘘も方便なのだ。

 母が正義感を発揮して、「お父さんかわいそうに」などと言っているが、聞こえないふり。あなたが平和に暮らせるよう、父にヘルパーさんをつけてもらおうとして小細工しているのだ。お父さんがかわいそうと思うなら、昨晩の夕食の時に、なぜ父が食べられない上寿司を食卓に並べたりするのだろう。わたしに食べさせようと思ったという。

「食べられるわけないでしょう、父の前で」とわたしが言う。

「わたしが食べるからいいのよ」と母は言う。

 違うでしょう。その日の朝、父が母に手を上げ、ケアマネさんまで駆けつけて大騒ぎになったのは、父が「おれの食べられないものばかり出して!」とキレたから。そんなことがあったら、入れ歯の見つかっていない父の目の前に、父の好きな寿司を並べたり出来ないとわたしは思う。

 母の感覚のズレは、今さらどうにもならないと思いつつも、父に暴力夫の汚名を着させないために、わたしは、母がいかに父に尽くしているかを父に吹き込み、怒りの対象から消そうと躍起になっている。しかし、母はなんなくそこを飛び越えてくる。せめて、父が何かわたしに話しをしようとしているところで、話しの腰を折るようなことだけはしないで欲しいと言う。しかしそれも大概ぶちこわしにされて、イライラしたわたしは、母のフォローを妹に託すのである。