至近距離父さんとの生活はじまる

 一週間経った。「つつがなく」との願いは届いた。父は大荒れすることなく、それどころかむしろ新しい生活を受け入れ、穏やかな日常を重ねている。

 これも父が5か月という異例の長さで入院させてもらえたおかげだ。薬を服用する習慣が身につき(かつてはもらった処方薬をその日に捨てた)、食事に文句を言わない人になった。同居にあたって薬と食事が最大の心配ごとだった。どちらもクリア出来たのは病院での手厚いケアのたまものとつくづく思う。もしこのブログを、病院の関係者のどなたかが読んで下さっていたら心から感謝申し上げます。退院の日にお会い出来なかった先生や看護師さん、ケースワーカーさんにも。ありがとうございました。

 入院中父がわたしに電話をかけたがった時に、看護師さんが電話かけの介助をして下さっていた。電話口からよく、父が看護師さんをねぎらうのが聞こえた。時には「美人の××さんがここに…」とか軽口をたたいたりした。重度の認知症でもこういうことは残るのだなと思った。わが家での生活の中でも、ちょっとした手伝いや親切に対して、ねぎらいや感謝の言葉が頻繁に出る。同居家族としてはありがたいことだ。

 もうひとりの同居家族であるわたしの夫は、老人福祉の仕事を長く続けている。父を迎えるにあたって早々に二週間の介護休暇を申請してくれた。食事関係や掃除などはわたしがしているが、パンツのお守りとお風呂は夫が担ってくれている。この2つを積極的にやってくれるのは本当に助かる。お風呂は自宅では狭すぎて入れられないので、近くの温泉に連れて行ってくれるのだが、職場での入浴介助と公共の温泉施設での介助は大いに勝手が違うはずなので大変だと思う。先週水曜日に父にとっては一週間ぶりのお風呂に連れて行ってもらい、父は上機嫌で帰ってきた。明日も夫は連れて行ってくれるそう。しぶる父をなだめすかして連れて行ってくれる姿はさすがプロだ(こんな時くらいはホメておこう)。

 父がお風呂に行ってる間に、父の部屋に行って洗濯物をしまわなければ。父は片付け魔なので、わたしが服をしまっている様子を目の当たりにすれば、手を出し口を出しで、こちらの仕事がはかどらない。なので鬼のいぬ間の洗濯ならぬ、鬼のいぬ間の洗濯物整理。

 うまく父とやっていくには、父のルールを侵さないことが大事なのだと思う。観察を怠らなければまぁまぁいけそうだが…。

 まだまだ至近距離父さんとの生活は始ったばかり。