帰省初日 入れ歯ではじまる

 羽田に着いた。スマホの電源を入れたら、いきなりあんすこさんから留守電。

あぁ…入れ歯の件でまた父がなんかしたなーと、どんより。とりあえず、あんすこさんに連絡したところ、いつものYさんがお休みで別の方からの電話だった。

 父が、入れ歯がない!と台所で母に詰め寄って、左腕を叩いたとのこと。母からあんすこさんに連絡があり、あんすこのOさんと、ケアマネさんが駆けつけてくれたということだった。

 気の毒に、お二人も入れ歯探しをして下さって、やっぱり見つからず。その後母は、足のリハビリのため、(父からの避難ということもあって)夕方まで不在とのことだった。

 わたしが羽田でこの電話をし終ったのが11時半。母不在で、父は昼をどうするのか分からない。とりあえず、急いで実家に向かわなければならないが、最短でも1時間半はかかる。乗り換え駅ごとに、父に電話し(毎回きょうはじめて電話したみたいに)「何してた~?」とか言いながら気を紛らわすことに終始した。

 歯のない父に何が食べられるか考えながら、実家そばのスーパーに寄ったら、また時間をロスするなぁとか、とはいえ実家にはほとんど食材がない(父が偏食のため、ネギの一本、じゃがいも1個、にんじん1本さえない)。麺類ならのどを通るかと、そば、うどん、ラーメンの中から、そばとラーメンに絞った。うどんはのどに詰まりそう。ラーメンもコシがあるとアウトそうだが、匂いで食欲がそそられそうだ。しかし、もともと父はラーメンが嫌いなので、そばの選択肢も残した。

 買い物が終わったのが13時過ぎ。父はどうしているか…?

 

 実家につくと、母が父の昼ご飯をテーブルに置いていた。

しかし、ごはんに漬物に、焼き魚、大根おろしシラス。おそらく朝食べなかったものを並べているのだが、上の歯全部と下の奥歯全部の入れ歯が入ってない状態の父がこれらのものを食べられると母が思っているのが信じられない。母に言わせると、父は「やわらかいごはんなんか食えるか!」と怒鳴り、普段食べないおかずを出そうものなら、また怒られると思ってのことなのだが、それでもなぁ…と、ため息が出る。

 わたしなら、「入れ歯見つかるまでちょっと辛抱してね」とか、父が受け入れやすい言葉を探って、特別食を出そうとするが、母はそういう気が回らない人。「入れ歯ないからこれ食べて」とか、言ってるに違いないのだ。事実そうなのだが、父にしてみたら、自分が入れ歯をなくすなんて考えられないと思っているので、入れ歯がないのは母の仕業なのだ。「入れ歯ないから」って、どういうことだ、お前のせいだろう、という思考になってしまう。母には、再々父に対する言い方を、もう少し配慮するように言うのだが、伝わらない(伝わってたとしても実践できない)。父と母の溝はそこにあるのだ。

 

H.お父さん、ラーメン食べる?

T.あぁいいよ

 

 あっさり、同意した!

 ラーメンの生めんを茹で、市販のスープをどんぶりに溶き、茹で上がった麺をどんぶりに投入して、刻み葱のパックから、ちらちらっとネギを散らす(父は普段ねぎは食べない)。チャーシューも卵も、噛めないから入れられず、しかし香りでいけるのではないか。

 父の前にどんぶりを出し、わたしも同じものをテーブルに置いて、先にうまそうに食べてみた。(食欲そそられてくれないか…???)

 父がラーメンを口にした!

 父は、いやなものであれば、箸をつけることもしない。いらんといって突っ返す。しかし、やはり相当お腹がすいていたのだろう。ひと口すすった。

 しかし…そのひと口を(いったん口に入ったひと口を)、そのままどんぶりへ戻してしまった。父は、口の中に指を突っ込み、わたしに見せ、「ほら、ないだろう。噛めないんだよ」と。83歳の父は嚥下にも難があるのかもしれない。ラーメンひと口が、のどを通らないのだ。

 「お父さん、ラーメン切ってみようか」父から、どんぶりを取り上げて、ラーメンを4センチくらいに切って渡してみた。案の定、このサイズならなんとか飲み込めるようだ。味噌汁椀いっぱいくらいの量ではあったけれど、なんとか食べてくれた。

 あぁ、これで多少父の空腹は落ち着いたであろう。

 せかされず入れ歯探しができそうだ。しかしこっからが本当の試練。