生活費管理者

 両親ふたりの家の生活費は、父が管理していた。父の年金振込先の口座から父が一定額をおろして母に渡していたらしい。認知症の疑いが濃くなってからも、母は毎月父から生活費を受け取ることが出来たそうだ。

 父は元経理マンだったからなのか、お金のことはハッキリしていた。父がいろんなことを忘れてしまうようになってからも、知らぬ間に普通預金を定期に移すようなことまでしていて驚かされたことがある。だから当面、お金の管理は父に任すのが平和だと思っていた。母がへたにお金を持っていると、父が暴れる元だと思ったし、父の認知機能はお金を管理することで維持できると思ったから。

 今年の夏ぐらいから、父がその口座の通帳がないと言い出す様になった。一度妹が見つけても、隠し場所を変えるらしく(盗まれると思って変えるのだと本人は言っていた)、自分で分からなくなってしまう。母は足が悪く父のいる2階の部屋に行けない。わたしも妹も遠方に住んでいる。見つからない通帳を一緒に探すのでは間に合わなくなってきた。

 生活費の管理はわたしがすることになった。管理と言っても、父の年金振込口座から母の口座へ、生活費のお金を移すというだけ。移した後、入出金と残高が分かる様に通帳の写真を撮り、妹に送信し、わたしが正しく送金したか、わたしが不正支出していないか、毎月監査してもらうというわけだ。

 父は時折、自分の任務のことを思い出して、通帳を探しているフシがある。階下の母の部屋にやおら入ってきて、「お前が取ったんだろう」とか、「うちの金はおれの金だ!」とか、まくし立てるそうなので。

 任務を取り上げた後ろめたさはある。でも父に任せ続けていたらいつか取返しのつかない事態になるだろう。仕方ないと、自分に言い聞かせている。

 母に、生活費としておろしてほしいと言われている金額より少し多い額を、わたしは母に送金している。母には「余分のお金は、お父さんが暴れそうな時に、『先月、お父さんからもらった生活費が余ったから、お父さんに返すね。ありがとう』とか、うまいこと言って渡してね」と言ってある。それは、父が生活費の管理は自分がしているという実感が得られるであろうという期待と、母の感謝の言葉が、母へのあたりを緩和させる働きがあるだろうという目論見から。

 そんなうすっぺらい作戦に反して、父は「うちの金はおれの金だ!」と大騒ぎするくせに、母が父にお金を渡そうとすると、必ず父は母にそのお金をバックするのだそうだ。母からのお金を受け取らないのだ。それは父の中では、いまも母を養っているというプライドがあるからなのだと思う。父は、「うちの金はすべておれの金だ!」とわめき倒しはするが、それは決して守銭奴だから言ってるのではないのだ。わめく理由の何割かは、父は生活費を管理する者としての責任で言ってる言葉なのだ。分かりにくいけど。